かれら姉弟はいつも二人揃って、二人とも赤いジャケツを着て、同じ色の帽子をかむり、姉はすこし大きい靴をはき、弟はすこし少さい靴をはいて、日のこぼれた道路をよく歩いていた。お俊はそういう可憐な姿が右と左との手に重りかかっている夜の町へ能よく買いものに出かけた。二人には同じいものを買ってやった。どうかすると両方から押すのでお俊はどうかすると二人のために足をすくわれるような、危ない足取りをさせられた。お俊は楽しげな可笑おかしい気もちになり、よく二人に言った。
「押さないで頂戴、お母さんが歩けはしないじゃないの。」
姉弟はそう言われると五寸くらいずつ、間隔を置いてあるいたが、すぐ又足をふみつけるほど何かを話すたびごとに押しよせて来たりした。お俊はしかたなしに二人に揉まれて歩いた。――お俊は両手にかんじるともない重みをきよ子の寝顔を見つめているうちに感じた。お俊は溜息をついてこの頃は平気になって眺められる写真を鏡台のところへ行って眺めた。眺めるだけで心に落着きが来るのだった。あきらめ切ったこころがそういう写真の中の現実をほんのしばらくの間、正確にお俊の眼の中にとどまらせたからであった。お俊は日が経つごとに忘れて行くという人の言葉が、反対の意味で忘られなかった。何か肝心の一つのもの、笑顔や言葉や足つきだけが眼に残った。風呂場へはいると手に足がかんじられた。丸い足に石鹸をつけて洗ってやったことが、殆ど、毎日のように頭をそっくりそれにつかった。――夕方の道路の遠くにその姿を描くことは、家じゅうのあちこちに動く影と同じくらいに珍らしくなかった。二つ枕をならべた押し絵のような夜の静かさ、殆ど同じいくらいと言っていい世にも稀れな二つの寝顔、お俊はきよ子の方を向いて凝乎じっと澄んだ眼をすえた。――二つの寝顔は瞳を開けてそして寝床に入った暫らくの間を時々くすぐり合ったり、手や足を引っぱったりして起きていた、………かれらのそういう清い睡眠前の三十分に親鳥のように羽根をひろげたお俊は、ふざけている姉弟にときどき縫い物の手をやすめながら、優しい声で叱って見たりした。
「もういい加減にしておやすみ、あした又早いんですから。」
姉は困ったような顔をして、くすくす笑いながら言った。
「貞ちゃんがいけないんですもの、ほら、又。わたし言いつけてよ。」
が、小さい弟はすぐ夜具を上からかむって了って、夜具の中からきよ子の足を引っぱったりした。おやすみ、ほんとにねるんですよ、そうお俊はそちらを向かずに言って何か心に柔らかいものの、類いなく静かな落着いた夜の時間をかんじていた、……だが、一たい、それは何処どこへ行ってしまったのだろう、小さいいびきがきこえる、一人きりのいびきであった。お俊は嘆息をした。暗い夜路の両側に生えた枯草が見え、そこを小さいむすこがやはりとぼとぼと歩いて行った。いくら考えても、又諦あきらめても既に忘れかかっていながらむすこの暮れ沈んでゆく姿が見えてならなかった。お俊の習慣的になった妄想はむしろこの荒涼な風色の間に見えるかれの姿を、自ら描いて楽しみ淋しむの思いが、完全なまでにこのごろは待たれるようになった、自分もあのあとに尾いている、一しょに歩いているのだもの、あれはそれを知っている、知らずにいる筈はない、しかも、きよ子も何時の間にか逢いながら話しているのではないか?――こうして吾々はみんな会ってるのだ、そんなに悲しんだりなぞしていない、………又、むやみに寂しがってはならないと思った。